今年の4月にパリへ旅行した時のことだった。
ノートルダム寺院からの帰り道、パンテオンを訪れることにして、
セーヌ川を渡り、モーベール広場に向かって歩き始めた。
モーベール広場にさしかかると、そこから続く細い急な上り坂が、
サント・ジュヌヴィエーヴの坂道で、ほどなくして交差する
エコール街を渡り、ドキドキと胸の高まりを覚えながら、
石畳の道を、ひたすら上りつめていった。
通りの両側に軒を並べる、ビストロやカフェで寛ぐ人々の、
微笑ましい様子を目に刻みながら、やがて視界の左側に
サン・テチエンヌ教会の美しい縦長の眺めが見え、
そこを直ぐ右に折れると、パンテオン広場の全景が開けた。
パンテオンを左側にした、広場の右側には、
サント・ジュヌヴィエーヴの図書館があり、ここで
よく勉強したという、友人の話を思い浮かべたその瞬間、
サン・テチエンヌ教会の心地よい鐘の音が響き渡り、
降り注ぐ陽射しを受けて厳かに輝く、壮大なパンテオンと、
その左背後のサン・テチエンヌ教会の光景が、
目の前に浮かび上がり、
静かな感動に包まれたのだった。
パリ滞在からサンフランシスコへ戻り、以前に買っておいた
「須賀敦子全集」の第3巻を読み始めた私は、
「図書館の記憶」と題されたエッセイの中で、偶然の光景を
再訪することになって、椅子から落ちそうなほどに、
驚いてしまったのである。
そこには、 須賀さんが学生時代、サン・テチエンヌ図書館で
よく本を読んだことや、40年振りで懐かしい場所を訪れた、
彼女が通ったパンテオン広場への道順が、エコール街から
サント・ジュヌヴィエーヴの坂道を上がるコースだったことが
書かれてあったからだ。
私はまさに、須賀さんと同じ道を辿って、
パンテオン広場の光景を仰いだことになる。